訪問看護に花は咲く86

飲んでいる薬の名前を言えますか?


薬の名前って覚えにくいですよね。
最近はどんどんジェネリックに変わっていき、そのたびに名前も変わる。
数が多ければなおさら覚えていられません。

先日公共バスに乗車した時のことです。
突然の急ブレーキ!
私はあまりにも突然のことでなんの防御もできず、身体が前の壁に激突しました。
他にも膝や胸をぶつけた方、顔がぶつかり鼻から出血した方、
カバンが放り出され飲み物の蓋が空き、タブレットが濡れた方などの被害が出ました。
幸い全員着席しておられ、転倒した方はいませんでした。

負傷した人たちは医療機関を受診。
病歴や服用している薬などの問診がありましたが、気が動転しているせいもあり
みなさんうまく答えられません。
「えぇっとなんやったかな、血圧の薬なんだけど。薬手帳に書いてあるんだけど…」
特に薬の名前は出てきません。

最近は薬手帳が普及し、それを見ればどんな薬を服用しているか、どこの医療機関にかかっているか
わかるようになっています。
しかし、受診日しか持ち歩かない方も多いのではないでしょうか。
私はスマートフォンのアプリの薬手帳を活用していますが、スマートフォンが故障したら使えません。
突然の事態にあった時、服用している薬の名前が言えないと困ります。
今回のことで手帳任せにせず、大事な薬の名前は記憶する努力をしなくてはならないと感じました。

訪問看護に花は咲く85

初めまして

こんにちは。私は8月から葵会総合ケアステーションの訪問看護師として働いています。
京都には住み始めて約2年半になります。京都は寺社仏閣が沢山あるイメージですが、実際住んでみると和菓子や着物、お茶屋さんなど沢山の和風のお店もあり楽しませてもらっています。
私は訪問看護師として働くのは初めてで、京都の地理もまだまだ詳しくありません。
訪問手段もバイクなので、まずは運転の練習からのスタートでした。
そして、色々慣れないといけない課題もありつつ必死になっているうちに2か月があっという間に過ぎて行きました。
地図を何度も確認しながら利用者さんの家に向い、更に利用者さんにどう話していいのか、訪問の度に試行錯誤の日々です。また利用者さんだけでなく、そのご家族とも接する機会が多く、病院や施設と同じ部分もありますが、現場が利用者さんのご自宅であり、ご自宅での生活に沿った動きや考え方を求められるので、沢山の驚きや学びがあったように思います。
これから色々な経験を積みながら、訪問看護師として成長していきたいと思いますのでどうぞよろしくお願い致します。

訪問先での出来事

今回ご紹介するのは北区にお住いのAさんです。Aさんは今年100歳を迎えられたばかりの元気な利用者さんです。ヘルパーさんと訪問看護とデイサービスを利用しながら、独居生活を続けておられます。
「子ども達と住んだら一気に呆けちゃうよ」と毎度訪問するたび話しておられ、1人で過ごせている事を誇りに思っているようです。「1人は楽だ~~」としみじみ笑顔で話される笑顔はとても爽やかです。家の中も伝い歩きで移動、トイレなども他人の手伝いなしでされています。紅茶もご自身で淹れられ、住み慣れたご自宅にて自由を満喫して過ごされています。
そんなAさんですが、訪問すると物を探している最中の事があり、一緒に家の中を探し回る事があります。また真夏の暑い時期に冷蔵庫が作動せず、冷えていない事もありました。冷蔵庫のプラグが抜けていただけなのですが、Aさんは「冷蔵庫が壊れちゃった、残念だけど新しいのを買う覚悟は出来ています」と沈痛な面持ちでした。ですが、状況と原因を伝え、無事に動作していますよと話すと、ニコニコ笑顔に戻って「あ~~よかった~~」と笑っておられました。
その笑顔をみると、こちらもホッと救われたような気がします。
今後も独居を続けるAさんですが、その生活を維持できるようお手伝い出来たらと考えています。

訪問看護に花は咲く84

 新型コロナウイルス終息の兆しも見えない中、我が家ではこんなことがありました。
他府県で一人暮らしをする84歳の義母が、家の二階から降りる際に、最後の一段を踏み外し転倒。その時は何とか起き上がれ歩行も出来たようで、翌日の診察でも骨折は無いとの診断でホっとしたのですが、三日後に様子を見に行くと、「なんでか足が動かんの」と壁伝いに少しずつ動いている様な状態になっていました。日増しに痛みが強くなっているにも関わらず、私たちに心配をかけまいと我慢していたようです。翌日再度の受診で、恥骨と座骨の骨折をしていることが分かりました。手術することも出来ず、安静にして日を待つしかないとの説明があり、「自宅に連れて帰っても一人にできない」「でもずっといてあげることは出来ない」「仕事はどうする」「京都に連れて帰るか」などの思いが頭の中をぐるぐる回っていました。幸いな事に、連携室の方がリハビリのできる包括病棟のある病院を探して下さり、入院することができました。
                              
 入院先でも「今後は独居生活は難しいでしょう。早めに施設を探すか京都に連れて行かれることを考えてはどうか」と説明されましたが、コロナ禍で面会もリモートで15分間しかなく、難聴の義母には現在の状態を聞くのがやっとで、今後どうしたいのかの本心を中々聞くことができない状況が続きました。どちらにしても介護保険の申請は必要になる為、包括支援センターに相談に行き申請しました。判定は要介護5でした。病院の連携室の方から「家に帰りたいとリハビリ頑張ってますよ」との報告があり、ケアマネジャーに自宅に帰るためのサービス調整をしてもらい、二ヶ月後には杖歩行で退院することができました。
 退院する時がまた大変で、新型コロナウイルス予防の観点から、ベッド搬入時も「他府県の人がいるとできないので」と、車で待つことに。ヘルパー 訪問看護 生協 ホームセキュリティー導入の契約も時間差の訪問で、離れて座って短時間でを心がけながら終了し、各サービスが動き出したところです。義母はまだどのサービスが何をしてくれるのか、時間 や曜日に戸惑っていますが、誰かが来てくれることで安心感にはつながっている様です。

 いずれは訪れる親の介護…とは思っていましたが、いざとなると何から手を付けたらいいのか戸惑いました。今まで仕事では、ケアマネジャーのケアプランに沿ってサービス(訪問看護)を提供する側でしたが、受ける側の大変さを知ることができました。
 サービスの援助はあるものの、義母の独居生活は変わりないので、又何があるかわかりません。住み慣れた地域、家でできるだけ安全に過ごしていけることを願うばかりです。